© 2007
BY Digital Garage, Inc

本稿について

本稿は『WEB2.0の未来 ザ・シェアリングエコノミー』 (伊藤穰一+デジタルガレージグループ 編著、インプレスR&D発行) に掲載している記事の本文テキストをクリエイティブ・コモンズ・ライセンスで配布するものです。

クリエイティブ・コモンズ 表示-非営利
この作品はクリエイティブ・コモンズ・ライセンスの下で公開しています

「未来へのコンテクスト」

—— バブル2.0を回避する「シェアリング」と「オープン」の理念

伊藤穰一

株式会社デジタルガレージ取締役

インターネットの歴史とともに歩んできた伊藤穰一氏。今、注目を集めているWeb2.0の 世界に、早くもバブルの兆候が表れていると警鐘を鳴らす。かつてIT業界が体験したバ ブル(バブル1.0)の轍を踏まないためには、インターネットの文化的理念にもう一度立 ち返るべきだという。そのキーワードが「オープン」と「シェアリング」だ。

この『WEB2.0の未来――ザ・シェアリングエコノミー』では、インターネットにおける「シェアリング」をテーマに、各界の先駆者たちに論じてもらっているわけだが、いったいなぜ「シェアリング」が重要なのだろうか?

インターネットが1990年代前半に初めて接続されたときは、一部の軍事関係を除けば、研究者や学生だけが使うような、非営利の小さなグループにすぎなかった。

当然、お金がないから技術の開発も素朴だったし、それこそ2~3人のチームでTCP/IPを作ったり、ブラウザーを作ったり、FTPクライアントを作ったりしていたわけだが、これがいわば「Web1.0」の時代だ。 小さなグループが、「いかにお互いをつなげるか」ということを目標に発展してきた世界だ。 いまでも、IPアドレスを管理しているルートサーバーなどは、ボランティアによって運営されている。

つまりワインバーガー*1が『これまでのビジネスのやり方は終わりだ』で指摘したように、いかにシンプルなものの組み合わせで複雑なものができるのかというのが、インターネットの目標であり、インターネットの強さでもあった。 ARCやLinuxといったオープンソースのプロダクトは、こういったWeb1.0文化の産物として生まれたものだ。

*1 デビッド・ワインバーガー:IT時代の経営指南書として具体的な提言を網羅した『これまでのビジネスのやり方は終わりだ―あなたの会社を絶滅恐竜にしない95 の法則』(日本経済新聞社)の共著者の一人。

すでに、Web2.0にバブルの兆候が見え始めている

そのWeb1.0の世界にやがて商用利用が認められるようになり、ベンチャーキャピタルや大企業が入りこむようになって状況は一変してしまった。 HTMLのソースでもなんでも、それまではインターネット上で共有されるコンテンツを素材にしながら、オリジナルなものを作り上げてきたのだが、AOLやMSNという大企業は、ユーザーの抱え込みを行おうとした。

いったんユーザーを抱え込んでしまうと、新しい技術を取り入れるためには、自社で開発するか、技術をもつ他のベンチャーなどを買収するしかなくなり、イノベーションが遅くなるという弊害がそこで生まれた。

最も分かりやすい例が、この時代に生まれた「インスタントメッセンジャー」だろう。 メールのやり取りなどで使われるIPアドレスは、どんなコンピュータでも同じ規格を利用するのが当たり前だが、インスタントメッセンジャーに関しては、いまだにMicrosoftとYahoo!でお互いに接続できない問題がある。 これは、インスタントメッセンジャーが囲い込みを目的としているからにほかならないが、「相互接続」というWeb1.0の理念からかけ離れたものであることはいうまでもない。

こうして、本来はオープンスタンダードであるはずのWeb1.0上に建築された、いびつな存在が「バブル1.0」であり、あの「ドットコムバブル」の直接的な引き金となったわけだ。 インターネット上で事業をしている企業が力を持ち、インターネットとはお金を儲けることだ、という誤解を生んだことも悲劇だといえるだろう。

では、2000年前半のバブル1.0崩壊によっていったい何が起きたか?

ドットコム企業が大量に倒産した結果、優秀な技術者が職を失った。 しかし皮肉にも、その暇を持て余したエンジニアたちが、非営利でさまざまなツールを作り出す状況を生み出したのだ。 ブログやRSS*2など、いまのWeb2.0を支えている技術の多くが、実はこうした背景で生まれている。

*2 RSS:ウェブサイトの見出しや要約などのデータを配信するための技術。

バブル1.0の影響でベンチャーキャピタルの投資も細る結果となってしまった。 Movable Type*3を開発したシックス・アパートなどは、2年もの間、たった2人の社員でコツコツと事業を続けていた。 当時、有名なブロガーのほとんどが無職だったこともあり、「bloggingは無職の人が生んだムーブメント」とまでいわれている。

*3 Movable Type: ブログ作成ツール。 高い拡張性とカスタマイズ機能を備え、ブログ・ソフトとしてはスタンダードの地位を確立。

このような時代を経て、いまのWeb2.0があるのだ。 Web2.0の世界では、インターネット本来の理念に立ち返り、ブログのトラックバックやPING*4に代表されるような相互接続の世界を再構成している。 Web1.0がWebの技術を開花させたとするならば、Web2.0は文化を浸透させたといえるのではないかと思う。

*4 PING:ブログの更新情報を収集する「Pingサーバー」に対して、更新したことを通知すること。

ところが、せっかくインターネットの文化を再認識する機会を得たにもかかわらず、すでに「バブル2.0」の兆候が見え始めている。 ベンチャー企業の株価は上昇し、小さい会社では消化できないくらいの過剰な資金が、再びベンチャーキャピタルから流れ込んでいるのだ。

投資資金が流れ込んでくることや、それによって会社が成長することは必ずしも悪いことではないが、バブル1.0 で我々はいったい何を学んだのか? それをけっして忘れてはいけない。 潤沢な資金を背にした利潤追求の欲望の前では、どうしても理念や思想がおろそかにされてしまう。 勢い、バブルの極限をゴールにした疾駆が始まるのだ。 仮に、すでに我々が再びバブルの中にいるとしても、せっかく芽生えたWeb2.0の文化をハードクラッシュさせないためにも、インターネットの理念と思想を再認識し、うまくソフトランディングさせなければならない。 かつて、ネットスケープがバブル1.0の崩壊の中を生き残ってきたことは、我々に大きな示唆を与えるだろう。

ではWeb2.0における理念と思想とは何か? それこそが、「オープン」であることと、「シェア」するということだ。 たとえWeb2.0的なサービスであっても、クローズのものやシェアできないものは、バブル2.0の危険性をはらむ。 いかにWeb2.0のフィロソフィーを保ちながら、ビジネスを成立させるか。 それが次世代のインターネット企業に求められる課題でもあるのだ。

企業も「共有型経済」の重要さを認識する時代がやってきた

ここで、Web2.0のフィロソフィーを持つビジネスの一例として、私が携わっているクリエイティブ・コモンズを挙げておきたい。

もともと、クエイティブ・コモンズは、著作権の保護期間を70年に延長しようとする権利団体の一連の動きに対抗して生まれたものだ。 70年も経過してしまえば、ほとんどのコンテンツは価値を失ってしまう。 にもかかわらず、アメリカのハリウッドなどは、さらに自らの権益の保護期間を延長しようとロビー活動を展開した。 そのような権益団体を説得するむずかしさは、並大抵のことではない。

そこで我々はまず、そのような権益団体の影響を強く受けるプロのアーティストに、クリエイティブ・コモンズを理解してもらおうとした。 そのためには、いかにクリエイティブ・コモンズの利用が経済的にも価値あるものなのかをアピールする必要があると考えた。 さらに、旧態依然たる権益の保護を主張する企業を説得するためには、クリエイティブ・コモンズを利用してお金儲けができることを、経営幹部にも実証してみせることが必要だった。

ちなみに、フリーソフトの配布などに利用されているるGPL(General PublicLicense)には、「フリーで提供する」という選択肢しかない。 完全なパブリックドメインの世界も重要だと思うが、ビジネスとして成立させるためには、クリエイティブ・コモンズのようなハイブリッド型のライセンスを取り入れる必要があるだろう。 つまり原則として再配布や共有は自由だが、商用利用に限りライセンス料を徴収するという手法だ。 オンラインレーベルである「マグナチューン」などでは、すでにこのビジネスモデルが採用されている。

既存のビジネス界とクリエイティブ・コモンズがうまく手を結ぶことができれば、企業には技術力やクリエイティビティを発揮できる優秀な人材か集まってくるし、おのずとお金も回るようになるはずだ。 そこで私はこの新しい考え方を、「シェアリングエコノミー」(共有型経済)と呼んでいる。

「無料」と「有料」を緻密に区分できる仕組みを提案

クリエイティブ・コモンズの利用は、企業やアーティストにとっても大きな恩恵をもたらすに違いない。

これまでのビジネスモデルでは、プロが作ったコンテンツを流通にのせ、消費者に送り届けるという方法が主流だった。 ところがインターネット上のコンテンツは、ほとんどがアマチュアの制作したもので、写真やブログにしてもアマチュアが見ることを前提にしたものだ。 そもそも、自分がアップロードしたコンテンツの著作権を主張したい、という人のほうが少ないはずだ。

ハリウッドに代表されるような権益団体は、消費者の権利を制限することに夢中になり、その点に気づこうとしない。 たとえばデジタルカメラを購入すると、「撮影の際には著作権違反に気をつけましょう」というシールが貼ってある。 写真を撮るたびに、口うるさく著作権に関して警告されるくらいなら、誰もデジカメを買おうとは思わないだろう。 つまり、これはビジネス的にもマイナスにほかならない。

また、CDからサンプリングした音楽を利用してネットに公開しただけでも、訴えられかねない状況が、いまのインターネットにはある。 デジカメやオーサリングツールを提供する企業にとっては、もっとユーザーが自由に、クリエイティビティを発揮できる環境が望ましいはずだ。

クリエイティブ・コモンズを立ち上げたローレンス・レッシグが、アメリカの大手出版社であるランダムハウスの社長とディベートを行った際にも、このことが問題となった。 Googleが本の中身をスキャンして掲載しようとしたことに対し、ランダムハウスの社長が異を唱えたのだが、会場にいた作家の多くはGoogleを支持した。 Googleの検索結果から本の内容が表示されたら、これまで以上に興味を持つ人が増えるかもしれないし、結果として本の売り上げにもつながる可能性を秘めている。

にもかかわらず、コンテンツをお互いに共有したい人たちの間に割り込み、訴えたり料金を徴収しようとしたり、著作権保護に血まなこになる動きが横行しつつある。 アメリカのレコード業界は、違法コピーを行うファンを盛んに訴えている。 そのために、サンプリングを利用したヒップホップ音楽も姿を消してしまった。 もちろん音楽業界も、シェアリングによるクチコミがマーケティングに寄与しているという実情はわかっているはずだ。 しかし、企業の対面をつくろうために、弁護士が表に出てきてしまう。 我々が闘っている相手は、こういった弁護士たちなのだ。

現在、ハリウッドの権益団体や弁護士がやろうとしているのは、ハイウェイを走る車をむやみに停めて検問しているようなものだ。 その結果、ファイル共有ソフトWinnyの違法コピーの温床になっているからという理由で、Winnyの開発者まで逮捕してしまうような状況を生み出してしまう。 これは、いくらなんでもやりすぎというものだ。

そこでクリエイティブ・コモンズでは、ハイウェイを行きかう車にナンバープレートを取り付け、無料で通行できる車と料金を払って通行する車を緻密に区分できる仕組みを提案している。

GoogleやYahoo!では、すでにクリエイティブ・コモンズに対応したプラグインが実装され、絞り込み検索によりフリーの素材だけを検索することが可能になっている。 もっとも、ユーザーは「お金を払わないと閲覧できない」コンテンツを検索しているわけではないだろうから、本来ならば絞り込み検索を行わなくても、クリエイティブ・コモンズのコンテンツが優先表示されるようになるべきだろう。 また我々はアップルにも、iTunesからクリエイティブ・コモンズの音楽コンテンツをダウンロードできるように働きかけてはいるが、いまだに実現していない。

法律で縛ることよりファンをつくるほうが大切

不思議なことに、こういった問題では欧米諸国のほうが圧倒的に保守的だ。 たとえば、私が知り合ったインド人のある映画監督は「僕が映画監督になったのは、人に映画を見てもらいたいから。 結果的に、それが海賊版であったとしても、目的は果たせている」と言っている。 重要なのはユーザーを訴えたり著作権保護の技術をつけることではなく、むしろ積極的に二次利用をさせて、ファンをつくることなのだ。

たとえば、中国では95パーセントのコンテンツが海賊版だといわれているが、日本製のアニメに字幕をつけて勝手にネットで公開しているようなユーザーほど、例外なく本物のDVDを購入しているという。 彼らはアーティストを尊敬しており、そのために本物もちゃんと入手しているのだ。

ちなみに、アメリカではアニメのファンサイトを徹底的につぶそうとするが、日本ではコミケなどで同人誌の販売が黙認されているように、比較的おおらかなのである。 もちろん、コンテンツの法律的な権利は保障されているのだが、ファンを育てるということにある程度の理解があるのだろう。

ハリウッドを中心に「プロはお金をもらわないとプロとはいえない」という、間違ったプロ意識がはびこっているのは残念なことだが、クリエイティブ・コモンズはそんな“病気”に対する処方薬だといってもいいだろう。

もちろん、著作権に関する規定は国ごとに異なっており、クリエイティブ・コモンズもさまざまな課題に直面している。 なかでも、「moral right」(著作人格権に相当し、著作物の使用目的を制限する権利)をどのように規定するかは、むずかしい問題だ。 また、「非営利目的」をどのように定義するかという問題もある。 大学の講義で著作物を利用することは、はたして営利目的にあたるのか、今後、クリエイティブ・コモンズが各国において展開していくなかで、その答えを出していくことになるだろう。

そのように課題はまだまだ残っているものの、クリエイティブ・コモンズが推進してきた「オープン」「シェアリング」の理念は、いま大きな奔流になろうとしている。 現実的な視点に立ち返っていえば、懸念されている「バブルWeb2.0」を回避するためにも、この「オープン」「シェアリング」を推し進めなければならない。

本書は、著作権保持を根幹としてきた出版業界においても、「オープン」「シェアリング」が業界の発展につながることを提言するために、クリエイティブ・コモンズのラインセンスの下で公開する。 著作者を明示し、非営利目的であれば、本書の内容は自由に利用が可能になる。

シェアリングエコノミー(共有型経済)が、さらに浸透することを願いつつ、ここに登場する論者とともに、本書を読者のみなさんに捧げたい。

発表: 2007-04-30
ミラーした日: 2007-10-01
ミラー元URL: http://www.impressrd.jp/files/070329/mirai-j-ito.pdf

inserted by FC2 system